2011年11月9日水曜日

電子書籍を貸し出すアマゾンの出血サービスっぷり‎

http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20111109/1038603/

 11月に入って、楽しみなことがひとつある。事前予約しているKindle Fireがもうすぐ出荷されることだ。15日の発送予定なので、今から10日後には私の手元に届いているはずである。

 アマゾンの電子書籍リーダーのKindleを、カラータブレットに進化させたKindle Fireは、ようやく私も持ち歩けるタブレットになるだろうと、それが楽しみなのである。iPadは私には重過ぎて、ダイニングテーブルの上の固定物になってしまっている。

 さて、そのKindle Fireが楽しみだと思っていたら、アマゾンがまたびっくりするようなサービスをそこに付け加えた。Kindle、あるいはKindle Fireを持っていて、さらにアマゾンのプライム会員ならば、毎月1冊ずつ電子書籍を無料で借り出せるというのだ。

 すでにプライム会員には、いろいろな特典がある。日本でも会員になって、送料無料で書籍や商品を送ってもらっている人は多いだろう。アメリカではこれに加えて、1万3000本ほどの映画が無料でストリーミングできる。私は、Kindle Fireが届いたら、これで本も読んで、映画もうんざりするほど観てやろうと思っていた。小さなKindle Fireを手に、自宅のソファで、ベッドの上で、そして出張へ出かける空港のロビーで「楽しんでいる私」まで想像していた。そこへ無料の貸し出しが加わった。

 Kindle FireはiPadの本格的な対抗機と目されているのだが、なんとなくアップルがヘコんでいるこの時に、アマゾンの攻め方はすごい。デバイスは少々ダサイだろうが、Kindleはサービスの点ではアップルや、同じような電子書籍リーダーのNookを出すバーンズ&ノーブルのずっと先を行ってしまっている感じがする。

 この無料の貸し出しというのは、上述したように1カ月1冊に限られていて、いつまで借りていてもかまわないらしい。ただし、次の本を借りると、その本は消滅してしまう。買ったのではなくて借りているだけだから、ファイルは残らないのである。ライブラリーの蔵書数は数千冊ということだ。

 興味深いのは、この貸し出しライブラリーに関するアマゾンの説明である。「貸し出しライブラリーの蔵書は、いろいろな契約条件のもとに集められています。大部分は、アマゾンが出版社と固定料金で契約したものです。部分的には、ユーザーが借り出す本を、アマゾンが卸売価格で購入しているものもあります。後者の場合、出版社側には何のリスクもなく、しかしこの新しいサービスによって収入が得られ、今後の増収の機会となることを確認していただくものとなっています」。

 つまり、アマゾンは自ら本を買ってまでして、このサービスを提供しているのだ。この負担がどれほどか計算しよう。書籍の場合の卸売価格はだいたい売価格の半分で、電子書籍はほとんど10ドル前後の価格が付けられている。従って、1冊借り出されるにあたりアマゾンは5ドルも出血サービスしているということになる。1セント、2セントも積もれば大きな損得となる小売業にあって、5ドルはすごい額ではないだろうか。

 このライブラリーに参加しているのは中小規模の出版社ばかりで、「ビッグ6」と呼ばれる大手出版社は本を提供していない。ビッグ6は、消費者に書籍の価格は安いもの(あるいはただ)と印象づけられるのを怖れているからだ。一方、中小規模の出版社は勢力者のアマゾンに逆らう力はなく、しかしだからこそアマゾンのマーケティングや価格の実験へ共にこぎ出す先駆者になってしまっているわけである。ただし、中小出版社だからと言って本の内容が劣っているわけでは決してない。このライブラリー蔵書には、ベストセラーも100冊以上含まれている。

 そもそも、アマゾンがこうした舞台裏まで説明するところが面白い。それは、1年半ほど前に電子書籍の価格設定で出版社側とかなりもめたためだろう。今度はいっさい明らかにして、ユーザーも含めて一緒になりゆきを見ましょうというアプローチだ。

 それにしても、アマゾンの出血サービスはいつものことだが、最近はますます磨きがかかっている。どうも見ていると、アマゾンという会社のやり方は、何でもひとつの同じ枠の中で採算を採ろうとはしないことだ。別のサービスも含めたもっと大きな図の中で採算を考えているとか、あるいは将来の発展型を想定して、そこから採算をはじき出しているとか、そんな風に見受けられる。

 そうして描かれる螺旋状にワープしたアマゾンの戦略図に沿って、われわれの消費行動が変わってしまったのだから、これは非常に効果的というか、強引というか。しかし考えさせられるのは、アマゾンが、私がいる出版界には大きな変動を起こす超本人である一方で、消費者としての個人の私にはありがたい存在であることなのである。

0 件のコメント:

コメントを投稿