2011年9月9日金曜日

電子書籍騒動から1年 幅允孝の本と仕事から考えること

http://www.asahi.com/digital/mediareport/TKY201109060373.html

今、書店の店内を巡ると、「電子書籍」をタイトルに戴いたものが、ほとんど面陳列されていないことに気づく。それは、電子書籍を主題とした新刊・話題書がほとんど出ていないということだ。1年前は、雑誌、話題書、ビジネス書、PC書、新書とさまざまなジャンルで、「電子書籍」の文字が躍っていた……。
「電子書籍」騒動が、かくも沈静化したのはなぜか?
理由の第一は、IT企業にとって、そもそも、「電子書籍」は目的ではなく、手段であったことだと思う。当面の目的は、端末機器の販売であった。アマゾンが当初、赤字覚悟の破格の安値で「電子書籍」を提供したのは、キンドルの販売によって十分元が取れる上、以後の戦略を優位に進めることができるからである。アップルは、即座にiPadでそれに対抗した。
彼らの最終的な目的は、「プラットフォーム覇権」を握ることである。すなわち、ユーザーが自らのプラットフォーム上でさまざまなITサービスを受ける頻度を多くすることであり、端末機器の普及もまた、そのための手段である。
保有するコンテンツの量が他より抜きんでることも、然り。コンテンツの奪い合いは、21世紀版の「囲い込み」なのだ。
だが、日本の出版業界は、販売総額2兆円にも満たぬ、ささやかな市場だ。なぜか「紙の本」にこだわる著者や読者が多い。出版社の数も多く、「ブック検索」で予想外の抵抗を受けたグーグルをはじめ、今無理してこんなちっぽけな「パイ」を奪い合うのは労多くして……、とIT企業が考えたとしても不思議ではない。昨秋にもあると言われた、キンドル日本版の発売も、ここのところ噂を聞かない。
昨年の「電子書籍」の位置を占拠しているのは、「フェイスブック」をはじめとするSNSである。最終目的は「プラットフォーム覇権」なのだから、多くの人の注目が集まり、多くの人を直接「囲い込む」ことのできる手段に注力するのは、当然といえば当然である。
迎え撃つ側の意識も、変化した。
「プラットフォーム作りで、いま何歩も前を進んでいるのが、アマゾン、アップル、グーグルの3社なのだとすれば、この3社のいずれがデジタルの覇権を握るのかを注意深く予測し、その上でこれらのプラットフォームに乗っかるのが、最も賢い選択なのではないだろうか」(注1)
昨年は、こうした慌てふためく提言が多かったが、今年は、「収益がどんどん良くなっているネット企業は、マスメディアやコンテンツ企業と異なり、文化/ジャーナリズムへの愛とかこだわり、さらにはそれを支えようとする気概はない」(注2)という冷静な見方を取り戻している。
●本は単なるコンテンツの「コンテナ」じゃない
書店以外の「売場」で展示販売する本をセレクトし、レイアウトする。ユーザーからじっくりと聞き取りし、病院などのライブラリーの本を選ぶ。
TBSテレビ「情熱大陸」でも取り上げられた幅允孝(はば・よしたか)の仕事に、私は心から共感する。それは、私たち書店員が、最も大事にしている、そして大事にすべき仕事の延長線上にあるからだ。
今年上梓された『幅書店の88冊』(マガジンハウス)で、図書館の写真集を取り上げながら、幅は言う。「アーカイブが主な目的となった今の図書館では、まだ見ぬ未来の読者が『これを読ませておくれ』とやってきた時に、『はい、どうぞ』と滞りなく手渡すことに力点が置かれている。今、目の前にいる読者になるかもしれない人間に、『これ面白いですよ』とは、投げ掛けたりはしない。だが、僕は思うのだ。本は開かれてこそ、初めて本たりうると」(注3)。
「プラットフォーム覇権」獲得のためにひたすら量を求めてコンテンツを収集するIT巨大企業の行き方は、幅の言う「今の図書館」と同じではないか。そして、私たち書店人が共有すべきは、「『面白いでしょう? どうですか、手に取ってみませんか?』と呼びかけたい」(注4)という幅の思いではないか?
編集の仕事を提案された時、「もともと僕は本の全体が好きなんだというのを思い出し」(注5)て、今の仕事を始めた、と幅は言う。一冊の本は単なるコンテンツの「コンテナ」じゃない。そこには、編集、装幀、印刷、製本と多くの人の手がかかっている。
そうして多くの人の手がかかることを、ITの世界は「ムダ」と切り捨てる。しかし、実際にはそれらの「ムダ」が協働して初めて、読者に対してコンテンツをアピールすることができるのだ。「ムダ」ではなく、「畳長(じょうちょう) 性」というべきだ。
そして、書店店頭もまた、コンテンツをアピールする「畳長性」の一つなのであり、同時に読者の側の関心、受容が反映する場でもある。両者がぶつかり合って、書店の風景は構成され、ダイナミックに変化していく。そうした場(=購書空間)(注6)で読者と出会うことによって、著者の主張は読者へと伝えられていくのである(ついでに言えば、このプロセスが、著者が仕事の対価を得る、非常によくできた仕組みなのだ)。
「おれのしてることはいわば無駄で余計なことさ。しかし無駄や余計をばかにしてほしくないな」(注7)
井上ひさしに劇作家デビューを遅らせる決心をさせたという福田善之の傑作戯曲『真田風雲録』で、大坂の陣のさなかに「週刊大坂城」を発行した十勇士の一人由利鎌之助が、仲間から受けた批判に反論する台詞である。若き日の劇団員時代にもらった中で、今でも私が最も好きな台詞だ。(「ジャーナリズム」11年9月号掲載)

(注1)武井一巳『アップルvs アマゾンvsグーグル』(マイコミ新書、201頁)
(注2)岸博幸『アマゾン、アップルが日本を蝕む』(PHP研究所、51頁)
(注3)『幅書店の88冊』89頁
(注4)永江朗『本の現場』(ポット出版、148頁)
(注5)同145頁
(注6)柴野京子『書棚と平台』(弘文堂、216頁)
(注7)福田善之『真田風雲録』(ハヤカワ演劇文庫、142頁)

福嶋 聡(ふくしま・あきら)
ジュンク堂書店難波店店長。1959年兵庫県生まれ。京都大学卒業。82年、ジュンク堂書店入社。仙台店長、大阪本店店長などを経て2009年7月から現職。著書に『劇場としての書店』(新評論)など。

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