アメリカの電子書籍市場が順調に拡大している。
アマゾンでは、既に電子書籍の販売数が紙の書籍を上回ったとされる。出尽くし感のある電子書籍リーダーでも、7月17日にグーグルの電子書籍販売サービス「Google eBooks」に初めて対応した電子書籍端末が、韓国のデジタル機器メーカーのアイリバー(iRiver)から発売された。
日本では、大騒ぎの割になかなか普及の進まない電子書籍だが、米国ではなぜうまくいったのか。なぜいまだに、電子書籍端末が次々と出てくるのか。ここでちょっと振り返っておきたい。
スタートでは出遅れたアメリカの電子書籍
電子書籍リーダーではアメリカで独走状態にあるアマゾンの「Kindle」が発売されたのは2007年11月のこと。しかし、電子書籍の試みはそれよりはるかに早く、1990年代後半から複数のベンチャー企業が端末を発売。2006年にはソニーの「Sony Reader」が好意的なレビューを集めるなど、「胎動」は既に存在していた。2008年の電子書籍リーダーのリストというのが手元にあるが、主なものだけでも8種類(Kindle含む)がリストアップされている。
しかし、2007年時点の各種推計によると、当時のアメリカの書籍全体に占める電子書籍の比率はわずか0.2%にとどまっていた。これに対して同時期の日本の比率は2%あり、日本の方が「はるかに進んでいた」のである。
当時は、なぜ「アメリカはダメなのか」についていろいろな説明がなされていた。いわく、「コンテンツの品揃えが悪い」「ダウンロードの仕方が面倒」「日本と異なり、ユーザーの間でダウンロードして読むというスタイルが浸透していない」「アメリカの車中心のライフスタイルでは、オーディオブック(本を読み上げて音声で聴くもの)の方が合っている」「紙の書籍が安価なため、電子版による価格減の魅力が少ない」などなど。「やはり紙の方が読みやすい」といった意見も聞かれた。
実は、円ドル換算レートにもよるが、現在でも日本の方が電子書籍の市場は大きい。米出版社協会(AAP)の調べによると、アメリカの2010年の電子書籍売り上げは4億4130万ドル(約360億円)。一方、日本での同年の売り上げは、インプレスR&Dの調べによると、650億円だ.
こうした日本の「電子書籍」の大半は、携帯電話向けのコミック。いわば、「非主流」のコンテンツを最適なニッチ・ユーザーに届けるためのルートとなっている。
上記のような状況が続いていたため、Kindleの発売前には「うまくいかないだろう」との見方も多かった。しかしフタを開けてみたら発売後5時間で売り切れ、その後は端末も電子書籍コンテンツも順調に伸びている。
Kindleがヒットしたのは、それまでの電子書籍端末と大きく異なっていたからにほかならない。先に挙げた「アメリカのダメな点」のうち、「コンテンツの品揃えが悪い」「ダウンロードの仕方が面倒」の2点を解消していたのである。
アマゾンのキンドルが成功した理由
携帯ネットワークに常時接続する機能が内蔵され、パソコンに同期する必要がなく、購入した電子書籍を直接端末にダウンロードできる。ユーザー側で面倒なWi-Fiの設定も携帯キャリアとの契約も月額アクセス料金も不要なので、ユーザーの心理的な敷居は大幅に下がり、「ダウンロードの手間」が大幅に省かれた。
これは、アマゾンが携帯キャリア(当初はスプリント、現在はAT&T)からネットワークの卸提供を受け、同社自身が「MVNO」として自由に料金を設定できることで可能になった。このように、料金的にも使い勝手的にも、「ネット」の存在がユーザーからはほとんど見えない使い方を筆者は「透明なネット」と呼んでいるが、その最初の本格的な例がKindleであった。
また、アマゾンのスケールメリットを生かして、電子書籍そのものの品揃えが豊富である。既にアマゾンのアカウントを持っているユーザーにとっては、紙と電子書籍のどちらでも同じ程度の手間で買える「品揃え」となる。
タイミングも良かったと思われる。Kindleが発売された2007年には、アップルがスマートフォンの「iPhone」を発売した。「アメリカのダメな点」の3点目として挙げた「コンテンツをダウンロードして読むというスタイル」がその後アメリカで急速に浸透したのは、KindleとiPhoneがきっかけになったと考えていい。無線によるダウンロードというコンセプトが、両者の相乗効果で「話題」「流行」となり、ユーザーに急速に受け入れられていった。
背景には、遅れていた3G携帯ネットワークの展開がこの頃、ようやくアメリカ全土にほぼ行き渡ったことがある。携帯事業者が新ネットワーク対応端末への切り替えを促進するために、新しいコンセプトの端末やそのためのサービスを積極的に取り入れるという、数年に一度の特異な時期に当たっていたことが大きかった。
この後、多くの競合端末やサービスが登場した。Kindleと同様の機能や使い勝手を持つ「専用端末」としては、ソニーの「Reader」や大手書店バーンズ・アンド・ノーブルの「Nook」などがあり、またiPhoneやiPadなどの多機能端末でも、Kindleのアプリを載せたり、アップルのiBookを利用するなどの方法で、電子書籍を読むことができる。
2010年3月のAAPの発表によると、2011年2月の書籍販売全体の20%を電子書籍が占めるようになっている。また、アマゾンでは、同社の2011年4月の売り上げのうち、紙の書籍を100とすると電子書籍が105となったと発表(有料の書籍のみの比較、無料のものを含めると電子書籍がもっと多いと推測される)。アナリストは、アメリカの電子書籍売上の3分の2のシェアをアマゾンが握っていると推測している。
2010年のアンケート調査によると、電子書籍用端末として最も多く使われているのはパソコンで、これにKindleが僅差で続き、圧倒的な強みを見せている。
(注)ソニーの商品名についてはForrester Researchの元資料の記述が「eReader」となっているため、グラフではそのまま掲載しているが、実際の商品名は「Reader」である。
「ダメな点」の4番目として「アメリカのライフスタイルが問題」とも指摘されていたが、実はアメリカ人は本をよく読む。アメリカでソニーの電子書籍事業を手がける担当者はこう語る。
「ブッククラブ活動を楽しむ人が多いです。数人の友人同士で同じ本の同じ部分を読み、定期的に誰かの家に集まって、お茶やワインを片手にその本について語り合うという活動で、最近では主婦同士の集まりなどでも活用されています。例えば人気テレビ番組を友人の間で話題にするのと同じように、ベストセラー本について話題にするのです」
こうした場面でも、紙の書籍と同様に、電子書籍も活躍しているわけだ。
そして主流となった電子書籍の特徴
電子書籍で人気のあるコンテンツは、何か特徴があるのだろうか。
「紙の書籍とだいたい同じです。電子書籍だと、ロングテール(売り上げのあまり大きくない「尾」部分のもの)が活性化するという説もあるようですが、実際には紙の書籍以上に、ベストセラーの比率が大きいと言われています」とソニーの担当氏は話す。
例えば、ハーレクイン・ロマンスなどの女性向けロマンス小説では、電子書籍なら読む時も買う時も「恥ずかしくないからいい」ということもあり、サスペンスやロマンスなどといった『読み捨て』的なタイトルには電子書籍が好まれるとの記事を読んだ記憶がある。また、ベストセラーのジャンルでいえば、映画化もされたスウェーデン作家の話題の小説「ドラゴン・タトゥーの女」が今年4月に史上初の電子書籍のミリオンセラーとなった(出所はこちら)。
日本の電子書籍が「紙の書籍とは異なる特殊コンテンツ、一部のユーザー向け」であるために伸びしろが小さいのに対し、「Kindle以降」のアメリカの電子書籍は、「紙の書籍の代替、主流ユーザー向けの書籍コンテンツ」という、より大きな潜在市場にこうして伸びていったのである。
この潜在市場の大きさが、市場の成長率に表れている。日本の2009年から2010年の伸び率は13.2%。これに対し、アメリカは同じ期間で164.4%という爆発的な成長の真只中なのである。この勢いで行くと、米国の電子書籍は、名実ともに日本を追い越すことになる。
現在、電子書籍は紙の本よりも少々安い価格が付けられているが、筆者のユーザー目線からすれば、それよりも電子書籍の使い勝手が主要な購入動機だ。「その場で入手でき意識せずに持ち歩ける手軽さ」「紙よりもかさ張らず軽い」「サーバーに購入履歴が保存されているため紛失の心配がない」「保存場所が必要ない」などといった点だ。
我が家では、子供の課題図書レポートがあるのを忘れていて、今夜中にどうしても本を入手しなければいけないという時に、慌てて騒ぐことなくKindleで電子書籍を購入できて感謝したことがあった。
一方、ビジネス書などで他ページの図を参照する場合や、雑誌・新聞のように、「ランダムアクセス」を多用するコンテンツについては電子書籍端末では読みにくい。紙の書籍とそれぞれの得意分野があるように思う。
また端末も、ユーザーの嗜好によっても、使い分けされている。iPadやスマートフォンを電子書籍以外の多くの目的にも使う「テック指向ユーザー」とは異なり、ブッククラブに参加する主婦などにとっては、本を読むことだけに機能を最適化して絞り込み、月額料金も不要な専用端末が合っている。こうした「マス層」の支持が、上述した「Kindleの強み」の背景だ。
このように、アメリカの電子書籍はアマゾンというキープレーヤーが本気を出したことで初速がつき、4年たった現在もアマゾンが先頭を爆走中だ。しかし、まだ勝負は終わっていない。
本コラムで過去2回、これまでそれぞれの得意分野に棲み分けていた有力プレーヤーが、映像や音楽などの有料コンテンツにそれぞれ相互参入し、「総合コンテンツ・プレーヤー」戦略に動いている様子を見たが、電子書籍もその有料コンテンツの1つである。
iPadの電子書籍リーダーとパソコンの「iBook」でアップルは既に参入済み、ソニーもアメリカ市場では継続して電子書籍市場で戦っており、日本の市場にも再参入している。ここに、今回おなじみのグーグルが参入してきて、いつもの顔ぶれが揃ったことになる。
戦線拡大するデジタル・コンテンツ商売
これまで見てきたように、グーグルは有料コンテンツ販売の実績があまりない。今回の電子書籍プロジェクトでは、「Google eBook」をオープン・プラットフォームとして展開し、端末は自社製でなく韓国のアイリバーなどの第三者が担当する。ちょうどスマートフォンのOS(基本ソフト)「Android」と同様のやり方だ。コンテンツは、「販売」よりも無料タイトルの配布(300万タイトル)を強調している。
アマゾンとアップルが、ストアと端末の組み合わせによる「販売」の仕組みであるのに対して、グーグルは独自の「クラウド」戦略の一環として電子書籍を位置づけている。こう考えられよう。
端末ベンダーは、アマゾンとアップルのエコシステムからはじきだされた下位プレーヤーであるため、そう簡単にアマゾンの牙城は崩せない。スマートフォンでは携帯電話事業者の販売ルートがカギとなったが、アイリバー製の電子書籍端末は大手ディスカウントチェーンのターゲット(Target)で販売することになっており、どの程度追撃できるか興味深い。
翻って日本の電子書籍の行方は
さて、こうしたアメリカの状況と比較して、日本の電子書籍は今後どうなっていくのだろうか。
アメリカの以前の例でも見たように、「文化の違い」というのはあまりアテにならないだろう。ユーザーの洗練度も日本は申し分ない。日本で「主流の書籍」の電子書籍化がなかなか進まないのは、既存の流通ルートの抵抗が大きいから、というのは既に定説と言える。
アメリカでアマゾンが電子書籍の「ブレークスルー」を実現できた背景には、紙の書籍で販売実績を積み上げ、出版社との力関係が出来上がっていたことに加え、アマゾンは紙の流通を前提とした資産を持たない挑戦者、という特別な立場だったことがある。
アメリカほどアマゾンのシェアが大きくない日本の書籍業界では、電子書籍を積極的に進めるモチベーションを持った「中の人」がまだ存在しない。ソニーはハードメーカーとしては大手だが、書籍販売の分野で「みんなを儲けさせてあげている」という、書籍業界への無言の圧力をかけられないのがつらい。
時代の流れに遅れないよう、出版社や卸など既存プレーヤーも皆それなりに電子書籍には取り組んでいるが、「本業」と比べて投資の割に売り上げはまだ小さいので、なかなか本腰にならない。本気のモチベーションを持つのは、先進的な出版社など、まだ少数のように見受けられる。
このため、電子書籍ビジネスが十分な初速を得られる閾値に達するまで、まだ相当に時間がかかるのではないかと思う。これを加速するには、例えばiPhoneとソフトバンクの例のように、販売力やコンテンツ調達力を持った強力なパートナーの存在が必要なのでは、と筆者は考えている。最近、楽天とパナソニックが電子書籍で提携したが、こうした試みが起爆剤になるのかどうか。
筆者は、夏休みで日本に帰ってきた折、狂ったように文庫本やマンガを買いあさってしまった。そのおかげでスーツケースがパンクしそうになり、重くて大変だったので、改めて「日本でも電子書籍がほしい」と強く感じている。また、本の著者の端くれとしても、電子書籍で少しでも多くの人に読んでもらえるようになってほしいと考えている。
0 件のコメント:
コメントを投稿