2011年10月4日火曜日

iPad追撃へ燃えるキンドル・ファイア

http://www.sankeibiz.jp/macro/news/111003/mcb1110030502013-n1.htm

■成功の絶対条件はコンテンツ戦略

 世界中のPCメーカーがこぞってタブレット型端末を生み出そうと試みてきた。しかし、これらの端末は消費者が一番求めていたある物を欠いていたため、成功には至らなかった。コンテンツがなかったのだ。

 だが、先週その全貌が明らかになったアマゾンのキンドル・ファイアは、それら敗者を尻目に成功を遂げるだろう。タブレット型端末を世に送り出すよりもずっと前から、アマゾンはコンテンツの獲得に力を注いできたからだ。

 多くの解説者が「果たしてファイアはアップルのiPad(アイパッド)に対抗できるだろうか」との視点から分析を加えているが、私はこの2つの端末が競い合うことにはならないと考えている。少なくとも、現時点では。

◆抜けて2社が優位

 なぜなら、現状の未成熟の市場では、タブレット型端末において本当のユーザー体験を提供できるアマゾンとアップルの2社だけが他社に比べて優位に立っており、それぞれがお互いの売り上げを奪い合う構図にはならないからだ。

 キンドル・ファイアの価格は199ドル(約1万5300円)。単なる好奇心からでも多くの人が購入を検討する手ごろな価格だ。もしかしたら、私がかつて経験したように、iPadとキンドル端末の両方を購入するかもしれない。

 長期的に見れば、2年後にアップルとアマゾンが互いに商売敵となって競争をし始めたときに、消費者の選択はいかにコンテンツが手に入りやすいかにかかってくる。今のところ、アマゾンはアップルに対して競争優位にある。これまでに、アマゾン上でコンテンツ製作者の商品を販売することによってコンテンツ製作者との取引関係をすでに築いているからだ。

この市場にとってもう一つ重要な要素となるのがユーザー体験だが、ここではアップルに軍配が上がるだろう。アップルはそのオペレーティングシステムと、システム上で使えるアプリを完全に管理できているからだ。それに対し、アマゾンは、グーグルのアンドロイドをオペレーティングシステムとして採用し、アプリにも一貫性がない。ユーザーにとっては頼りなく感じられるだろう。ただ、アマゾンの名誉のためにいえば、この新しいキンドル・ファイアにおいて彼らはユーザー体験の改善に最大限の努力を行った。

 タブレット型端末市場はいまだ若く、発展途上にある。タブレットPCなるものが出てきてからすでに10年ほどたつが、アップルがiTunesを通じたコンテンツ配信と、シンプルで調和のとれたユーザー体験を組み合わせて初めてこの市場が生まれたと言ってよい。コンテンツとユーザー体験、これが違いを生むのだ。覚えているだろう、さえない音楽機器が山のようにあった中で、アップルが初めてiTunesとiPodを組み合わせて独り勝ちしたことを。

 米ヒューレット・パッカード(HP)や、ブラックベリーを製造するカナダのRIM、そしてその他たくさんのハードウエアメーカーが競争力のあるハードウエア機器を作ろうと試みてきた。しかし、これらは10年前のタブレットPCとさして変わるところもないハードウエア機器にすぎないのである。コンテンツとアプリを欠いたタブレット型端末は、高価なウェブブラウザにしかならない。

 HPもRIMも、その他のハードウエアメーカーとともにこの市場から退散しようとしている。消費者は、「コンテンツはないが、動作の速い機器」には興味がない。初期のキンドルが、パワーが欠けていたにもかかわらずアメリカやヨーロッパで成功を収めることができた理由はここにある。アマゾンは大量のコンテンツを用意していたのだ。

 ◆年月かけ取引契約

 先週ニューヨークに滞在していた私は、キンドルやiPad片手に地下鉄に乗る人を何百人も見かけた。彼らがこれらの端末を何に使っていたか。皆一様に、何らかのコンテンツを読んだり見たりしていた。コンテンツのない機器は、地下鉄テストに落第してしまうだろう。この大切な鍵となる要素が、アップルとアマゾン以外のどのタブレット型端末にも欠けている。

 アマゾンのCEO(最高経営責任者)であるジェフ・ベゾスはこうしたコンテンツの価値を深く理解し、キンドル・ファイア発売のはるか前から、何年もかけて映画や音楽スタジオとコンテンツ取引契約を交わすために交渉を続けてきた。このプロセスは複雑で、ほとんどのハードウエア会社はやりたくもないだろうし、実際に着手もできないだろう。

 例えば、キンドルは日本市場ではまだ販売されていない商品だが、アマゾンは日本の消費者にも良い体験を提供したいと考え、すでに最低3年は日本で書籍の版権をめぐる交渉に取り組んできた。もちろん、映画や音楽コンテンツについても同じである。

 デジタルコンテンツビジネスに長年携わってきた者として私が言えるのは、コンテンツ獲得は簡単な仕事ではないということだ。なぜなら、大規模なコンテンツ保有者は、新しい機器によってもたらされ得る潜在的で長期的な収入増よりも、四半期あたりの収益率をより高めたいと考えがちだからだ。それでも、アマゾンは、タブレット型端末を成功に導くには、キンドルがハードウエア・プラットホームではなく、コンテンツ・プラットホームでなければならないことを理解している。

アマゾンはこの1つの目的に集中し、世界中のあらゆるタイプの出版社からデジタルコンテンツ契約を取りつけてきた。それに加えて、彼らはすでに大規模なユーザー基盤を抱えており、このユーザーたちをデジタルコンテンツの顧客に変貌させることは難しくない。これらすべてを考慮すると、ファイアの成功の道筋が見えてくる。

 ◆対抗ならグーグル

 ただひとつ、アマゾンやアップルにこの市場で対抗できる会社があるとするならば、それはグーグルだろう。もし、彼らがモバイル機器による決済ビジネスの拡大に成功し、その決済プラットホームにもっと多くのユーザーをひきつけることができれば、グーグルにとってデジタルコンテンツ分野へのビジネス展開は最良のプランになる。グーグルには、ビデオコンテンツ・プラットホームとしてはユーチューブが、そして書籍、雑誌、新聞といったその他のコンテンツのためにはアンドロイドアプリがあるのだ。

 グーグルがこれらを組み合わせて実際に始動させるまでは、アマゾンのキンドル・ファイアとアップルのiPadが、古びた馬車ばかり目につくこの世界にたった2台ある自動車として走り続けるだろう。

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